30年のキャリアと実績!

私がオリンピックトレーナーになった経緯

1989年に開院する前に勤めていた川口シアツセンターの院長が
オリンピックトレーナーだったので、シンクロ選手・ダイビング選手が来院していて自分も治療を施っていました。

2001年福岡世界水泳大会に際し、2000年に
ダイビングの全日本コーチよりオリンピックトレーナーの依頼があり就任しました。

 加田指圧治療院開業直後に休業・・・その理由

母校である大宮東高校に開院の挨拶に行ったところ、
サッカー部が一か月後に埼玉県代表として
インターハイ高知大会に出場するということで同行トレーナーの依頼があり、
恩師である監督に「開院しても始めは忙しくないんだろうから、治療院を閉めて同行してくれ。」と言われ、
私はサッカー部OBでもあるので快く了承しました。

初めは、一週間の予定でしたが・・・

決勝まで勝ち進んだことにより、開院して一か月・二週間も治療院を閉めてしまいました。

その後、1996年まで7年間大宮東高校サッカー部専属トレーナーを兼任させてもらいました。


オリンピック強化トレーナーという仕事

高校生でもオリンピック選手でもスポーツ選手は、
試合当日にピークをもってゆくように肉体的治療は当然必要ですが、
メンタル面がとても大切になって行きます。

試合が近づくと痛みや身体のバランスに対しとても神経質になる選手が多いのです。
怪我や痛みがある選手を治療し状態をストレートに伝えることは簡単ですが、
その事により、一人一人性格・考え方は違うので、メンタル面がダメになってしまう選手もいます。

日頃、この選手はどのような性格・考え方をするかを頭に入れて、
最高のパフォーマンスが出来るように治療し言葉を慎重に選んで伝えて行くのです。

時として、難しい状態であっても「大丈夫!」と背中を押すこともありますし、
当然、プレーを諦めさせることもあります。

とにかく、選手とは信頼関係がなくては何も結果は出ません。
ですから、普段からいろいろな事について会話します。
そして、いろいろな事で相談されることも多くあります。

試合前夜、恋愛相談で何時間も…などよくありますし、将来の相談なども…。

スポーツトレーナーとは、肉体的ケアだけでなく心・メンタル面すべてを診て接して行くことが出来なければいけないのです。